いぬいの方角

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続・私の母は自殺した

間がかなり空いたけど続きを書く。

最初のは長くなったので、続きはもっとコンパクトにしたい。

 

前記事から~

 

その日は夜中の3時くらいに寝たと思う。

3時間くらいはなんとか寝られた。泣き疲れたせいだ。

会社に電話して休みますと。

 

通夜は母が亡くなった翌日、葬式はその次の日。

母は生前うつでほとんど家から出ていない。人付き合いもほとんどしていない。

母の交遊録など分からない。私は母の死を母の友人に知って欲しかったので、母のケータイ電話を取出し、あちこちに電話をし始めた。

母の死、通夜、葬式を伝える電話だ。

 

今思うと何やってんだと思うときもあるけど、後悔はしていない。

うつだったけど母にだって友達はいたし、きっと通夜や葬式に来てほしい人がいたはずだと思った。自分にも、知らない間に友達が亡くなったとき、葬式に参列したい。仲の良かった友達ならなおさらだ。

 

「●●の息子です。突然すみません、この度母がなくなりまして…」このセリフを何度言ったかわからない。聞いてる方はきっと驚いただろうし、『なんだこいつ、●●なんて大して仲良くないよ!』とか思ったと思うし、実際めちゃくちゃ困った反応をする人もいた。

 

全て電話を終えるのに2時間くらいかかった。父親はきっと嫌だったはず。昔は良く家族が自殺なんて人に言うなと言っていた。家族を自殺させた=恥ずかしいと思ったんだろうけど、そりゃ家族が自殺したなんてあんまり知られたくないよねと思う。

でも、電話している間は何も言わなかった。自分のやりたいようにさせてくれた。

それだけでありがたかった。

 

通夜、葬式は滞りなく終わった。母が亡くなったのは木曜日。金曜日休んで土日挟んで水曜日には会社に出社した。全く同じ日に同じ職場の高知出身の主任のお母さんも亡くなった。主任も水曜日から出社していた。

普段は仕事がしんどかったが、このときは仕事があって良かったなと思った。やることがあるので、考える時間がなかった。休んでいる間も母の銀行口座や証券口座の手続きなど主に父がやっていたが、やることはそれなりにあった。

悲しいときには忙しくするのがいい。体を動かすのがいい。

そうしたら悲しくても夜は寝られる。

母が亡くなって1週間。出社したらもう一日は普通の日になっていた。

大事な人が亡くなっても自分は変わらなかったし、生活は変わらなかった。

きっと自分が死んでも何も変わらず世界は回るんだろうな、と心から思えているわけじゃないけどぼんやり思うようになった。

 

終わり